今回の日記は前回の続きです。
前編と後編の二部構成になっているため、前編を読まないと物語が繋がりません。前編をお読みでない方は、先に以下のリンクから前編をお読頂くことをオススメします。
「
切手の無い手紙 (前編) 」
少々長い日記ですが、最後まで読むと前編と一本の線で繋がりますので、辛抱してお読みくださると幸いです。
(以下、後編本文)
「彼女ってどういうこと?!あたしは何なの?!」
志保から届いたメールは、僕を激しく責め立てるものだった。
え‥?
動揺を隠せなかった。
どうもこうも無い。志保はメル友だ。会った事も無い。それに、「メル友」を切り出して来たのはそっちじゃないか。責められる道理は無いはずだ。それどころか、喜んでくれるとすら思っていたのに。
僕は慎重に言葉を選んだ。
「え、志保は大事な友達だよ?喜んでくれないの?」
――返事がこわい。
出来ることならこのまま放置してしまいたい。けれど、それが出来ないのは、彼女の内面の良さを知っていたからだろう。
「きっと分かってくれる」
そんな思いが僕を後押ししていた。
(ピリリリーーー)
重く沈んだ空気を乾いたメールの着信音が切り裂いた。
志保からだった。
「あたしのこと好きだって言ったのに、どうして裏切るの?」
や、それは言って無い!!
断固誓ってもいい。皆さん、僕はそんなこと言ってませんからねー。
僕は否定した。
志保に分かるように丁寧にメールをした。
これまでの志保との関係や、志保に対する自分の気持ち、肩書きはメル友だったけれど、それによって少なからず心の支えとなったことへの感謝の気持ち、そして彼女が出来ても、志保は大事な友達だと思っていることなど、素直な感情を伝えたつもりだった。
けれど、当の志保は一向に収まる様子が無い。
「好きだって言ったやん!!彼女にしてくれるんじゃなかったん?!」
「ねえ、あたしたち付き合ってるんよね?!」
志保のメールはますますヒートアップし、とうとう四六時中電話が鳴る様になってしまった。
電話に出て話をすれば一旦は落ち着くものの、電話を切ればまたすぐ掛け直して来て振り出しへ戻る、というような繰り返しがしばらく続き、電話に出れないと着信履歴30件がすべて志保で埋まるということも一度や二度ではなかった。
さすがに、これはまずい。
僕はメールを送った。これできっと分かってくれる。最後のつもりだった。
「俺は志保のこと大事な友達だと思っているけど、彼女も出来て、この先ずっと志保のことを構ってあげるこはもう出来ないんだ。だから、気持ちが落ち着いて、本当の友達に戻れるまではお互い距離を取ろう。彼氏が出来たり、好きな人が出来たりしたら、その時はまた相談に乗るからさ。分かってくれるよね?」
言いたいことは他にもあった。しかし、バイトの時間が迫ってたこともあり、伝えたい思いだけをメールにして、僕はバイト先のある渋谷へ向かったのだった。
「ねえねえ、例のメル友どうなったの??」
客もまばらとなった居酒屋のカウンター越しに、バイト仲間の声が響く。彼女は、何か事件でも期待するかのような好奇心に満ちた様子で聞いている。
「何だ、その顔は!!ホント大変なんだって。何か付き合ってるみたいになっててさー」
「はは、それ、よしたろ君が何かそそのかしたんじゃないの?」
「してねーよ!!だって、会ったことも無いんだよ?」
「今は会ったこと無くても付き合える子がいるらしいしねー?」
「ちょ!あんまびびらせんなって!!」
「あはは、ごめんごめん」
少なからず気持ちが楽になっていたのは、最後のメールを送ったという気持ちの安堵感ももちろんあったが、こうして他愛の無い話をしてくれる友達がいたからだ、とつくづく思う。
こうして日付が変わる頃には、陰鬱な気持ちも薄れていった。
終電間際、深夜0時半にはバイトも終わり、駅へと向かう道の途中で携帯を取り出し、センター問い合わせをした。
バイト先の居酒屋は地下の一階にある。
仕事が終った後のメールチェックが日課だった。
「新着メール、39件」
えっ??!なに、これ???
メールを開いて戦慄が走った。
そのほとんどが志保からのメールだったからだ。
「今どこ?」
「電話に出て」
「何で電源切ってるの?」
「あたしのこと嫌いになった?」
「メールの意味わからない」
「早く電話してよ」
「彼女といつ別れてくれるの?」
「早く会いたい」
(パタン)
怖くなって咄嗟に画面を閉じた。
今までこんな恐ろしい思いはしたことが無い。気付くと、携帯に留守電のマークが付いていた。電話の主は分かっている。僕は、内容を確認せずに、そのすべてを消去した。
その日、僕は携帯のアドレスを変えた。
古い友人はピンと来るかも知れないが、僕は一度だけ携帯の番号を変えたことがある。友達が減るイメージがあるから、絶対に変えたくない、と頑なに拒んでいた携帯の番号。
そのポリシーを曲げてまで変えた理由が、この出来事だった。
アドレスを変え、電話番号を変え、これで志保との接点は無くなった。新しく出来た彼女や気の合う仲間達に囲まれ、今まで通りの大学生活。
もう志保のことを思い出すことも無いだろう。サッカーにコンパに、仲間との時間。そして時々出席しては難解な教授の言葉にあたまをかきむしる大学の授業。充実した時間が苦い思い出を癒してくれる。
僕は平穏な生活を取り戻した。
――はずだった。
ある日学校から帰ると、自宅のアパートにある集合ポストがチラシで一杯となり、無理やり押し込められたチラシの束が、そこかしこに散乱していた。ピザに宅配寿司に不動産。色々なチラシが入っている。
しばらく片付けてなかったからなあ、などと自分の不精を反省しながら、一枚ずつチェックしては、ゴミ箱へと投げ込んでいた。
そんな中、チラシに紛れた一通の手紙があった。
誰だろう?
差出人を見ると、見慣れぬ住所。まさか‥!!
志保だった。
差出人の名前には「志保」の名前がしっかりと記載してあった。
一瞬にして現実へ引き戻された。あれから3ヶ月、平穏な生活は長くは続かなかった。
正直、僕は手紙を読むかどうか迷った。
けれど、このまま放置する方が却って怖い。僕はおそるおそる手紙の封を切り、ゆっくりと手紙を見た。そこには、彼女の気持ちが3枚に渡ってブルーのペンで綴られていた。
「おはよ、元気かあ?志保は元気だよーん。就職活動はどうなん?大変だと思うけど、頑張ってね(><)志保もテストちょ→やばかった‥こんなんやったら、○○大学行けへん。第一志望なんやって、よし君と同じ○○大学‥」
「ところでお兄さん、携帯って一体どうなってるん?お客様の都合により現在使われておりません、ってどういう意味?解約したん?番号変えたん?それやったら番号教えてよ!」
「もしかして、新しい彼女出来たからって無理って言いたいわけ?それとも落としたん?わからへん。ほんまに‥何か言ってくれんとまじ困るんやけど、それとも言えへん理由とかあるん?なんかすごいツライ‥いちお志保のメアドか書いとくね!○○○@×××ne.jp」
「ってかさ、今、女どうなってん?おらんのやったら付き合って!!めっちゃ淋しいねん。でも、遠距離とかダメやったっけ?まあ置いといて。何かようわからんけど、好きになってしまったんや。志保の方からはどうしようもないんよね。家行けばええんやけど金ないし、行ったとしても迷うやろうし‥おらんやったら意味無いし‥」
「で、返事書いてね!女おってもおらんでも絶対!状況を説明してもらわんと。どうなってるかわからへん。でね、顔見てみたい!どんな人なんやろ?って正味思ってんねん」
「志保の場合、顔知らん人は声と性格で惚れるからなあ。変なこと書きすぎたな。女おったら殺されるな。志保17歳で人生終わらないかんのかなあ‥でもね、死ぬ時は一緒やで!こわいこわい。書いてる志保が怖くなってきた」
「愛してるで、志保より」
怖いのはこっちの方だ。まさか、手紙まで‥
今読み返せば、高校生の可愛らしい手紙だと思えないことも無い。ただその時は、それまで記憶を呼び起こさせるには十分な、恐怖を伴った手紙であった。
もちろん、返事など出そうはずも無い。僕は手紙を無視した。
――それから半年が経った。
志保からの連絡は無い。
これでもう終わったんだ。今度こそ平穏を取り戻すことが出来た。
あの手紙が届いてからは、少なからず不安はあったものの、特に何があるわけでもなく、ただ就職活動の忙しさに押し流され、締め切りに追われるだけの日々が過ぎていった。そしてそうした時間の流れと共に、志保のことは完全に忘れていった。
そしていくつかの企業から内定を貰い、就職活動も一段落した大学4年の夏。求人のチラシや企業からのDMにまぎれて届いたのが、冒頭で紹介した「松田祥平」と名乗る、差出人不明の手紙だった。
まったく身に覚えの無い名前だ。
部活の名簿で確認し、後輩にもその存在を聞いた。けれど、その誰もが「松田祥平」の名前に首をかしげ、名簿を見てもやはりそれらしいものを見出せなかった差出人の名前。
祥平なんて後輩はいない。ましてや香川県の知り合いなんて‥
その時、脳裏をよぎった不安。
僕はもう一度、差出人欄を確認した。
「香川県○○郡××町△△番地 松田 祥平」
香川県、まさか‥
僕は息を呑みつつ半年前に志保から届いた手紙を探し出し、差出人を確認した。思えば、志保の住む場所も四国だ。
「香川県○○郡××町△△番地 松田 志保」
「!!!」
そう、志保はメールと電話が繋がらなくなると手紙での連絡を試み、その返事も来ないと察すると、今度はサッカー部の後輩を装い手紙を送って来たのであった。
しかし、返事をもらうために「住所」と「名前」は偽れない。おそらくは、弟の名前でも持ち出して取り繕ったのだろう。
そうして届いたのが「松田祥平」からの手紙だったのだ。
それほどまでに彼女を執着させる理由が僕には分からなかった。取り立てて何をしてあげたわけでもない。最後は、むしろ拒絶に近かったはずだ。
それなのにどうして‥?
人の感情は時として理不尽なものだ。
思いが空回りをし、人を傷つけ、あらぬ方向へと感情が先走ってしまう。自分とて同じ間違いをしてきたじゃないか。
今回のケースもきっとそうだったのだろう。
そんなことを思いながら、差出人の異なる同じ筆跡の二つの手紙をぼんやりと眺めていた。
その時、何かしらの違和感に苛まれていることに気付いた。
見知らぬ差出人の名前に気を奪われ、そこにあるはずのモノが無いことに気付かなかったのだ。そしてそれに気付いた時、更なる恐怖が襲った。
「松田祥平」なる人物から送られた手紙には、この日記のタイトル通り、
――そう、郵送を意味する「切手」が貼られていなかったのである。
切手の無い手紙。
これは事実の物語である。
(了)
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